担当した事件

鳥取大学医学部附属病院事件

大学院生医師の過労運転交通事故死・鳥取地方裁判所平成21.10.16判決・確定

1.本件事故と大学病院に対する責任追及

 故前田伴幸氏(以下、被災者という。大学院生医師)は、医局が派遣した他病院というに勤務(宿直)するため、自家用乗用自動車により前日から勤務(緊急手術のため完全徹夜)をしていた鳥取大学医学部附属病院(以下「大学病院」という。)から出勤途中、大型貨物自動車との衝突事故(以下、「本件事故」という。センターラインオーバー等から居眠り運転と考えられる。)により死亡した。
 遺族らは大学病院に対し、本件事故は大学病院における勤務によって極度の睡眠不足・過労状態に陥ったため起きたもので、安全配慮義務違反などを理由に損害賠償を求めた。 

2.争点と立証方針

 ①大学院生医師の立場(労働者か否か)①大学院生医師の大学病院での活動はどのようなものであったのか、診療行為以外の活動はあったのか否か、③他の病院への移動手段として車が不可欠であったのか、公共交通機関の利用が可能であったのかなどが予想され、現にそのような展開になった。

 弁護団としては、医局との兼ね合いから、事情を教えてくれる同僚医師は存在しないため、客観的な証拠をもとに主張を組み立てるしかないと判断し、電子カルテ(本件事故の3か月ほど前から試験的に導入されていた)、手術記録、当直記録、業務出張予定(日々の大学病院の業務の割り当てと他病院の出張(当直のアルバイト)の予定表)などを総合的に分析し(同僚の聞き取りができないこともあって労働時間表は4,5回作り直しをした)、脳・心臓疾患の過労死事件と同じように3か月間の被災者の労働時間を可能な限り再現し、本件事故の直前に至る前から、いつ事故が起こってもおかしくない労働実態であるかを浮き彫りにしたうえ、前日から当日にかけて完全徹夜の酷い状況になったことを示すことにした。

 尋問において、客観的証拠を足がかりに同僚及び上司から当方の主張する事実を裏付ける証言を引き出すことに成功し、判決はその尋問結果と客観的証拠に沿ったものとなった。 

3.判決内容

(1)診療行為の性質の特定は不要

 大学院生か労働者か、被災者の診療行為の法的性質を特定する必要はなく、安全配慮義務の発生の基礎となる法律関係及び特別の社会的接触関係があったことは明らかであるとして、被告の責任の有無を検討するに際しては、業務に従事した時間、被告の指揮監督又は指導の実態を検討したうえ具体的な安全配慮義務の内容を特定する必要があるとした。

(2)実態として他の勤務医と同じ業務を行っているとの認定

 被災者の行っていた診療行為などの法的性質を論じる必要はなく、被災者(大学院生)が勤務医と同じ程度に回診、検査結果の見直し、カンファレンスといった業務に従事していたと認定した。

(3)業務従事時間

 被災者の電子カルテのアクセス、同僚の証言内容(22時頃までいるのは普通で原告の推定方法が21時という推定は控えめと評価でき少なくとも21時までは業務を行っている)などを総合して、直近3か月の労働時間を算出し、週40時間を超過する時間外休日労働はそれぞれ1か月当たり130時間から200時間程度を認定した。

(4)質的に負荷のある業務の認定

 大学病院の業務内容、大学院生医師の経験の浅さ等から、被災者の従事していた業務が責任と緊張の強い業務であると認定した。

(5)本件事故1週間前の特に過重な業務

 3か月間の業務従事時間が長いなど既に疲労が相当に蓄積した状態で、本件事故前1週間において、手術の数の多さ、当直業務などの多さを指摘し、かつ、事故当日徹夜勤務を行い、仮眠すら取っていないことから、「極度に睡眠が不足し、過労状態にあった」と認めた。

(6)安全配慮義務違反と本件事故との因果関係の肯定

 被告が相当長期間にわたり継続して過重な業務に従事させ、とりわけ1週間前の過重業務そして、翌日に当直のアルバイトを控えている被災者に徹夜の手術に従事させたのであり、安全配慮義務違反を認定するとともに、極度の睡眠不足又は過労のため居眠り状態に陥って本件事故に至ったのであるから、因果関係も肯定した。

(7)過失相殺

 被災者が当日だけでも公共交通機関で移動することは可能、疲労度などについて被災者も予測できた等として6割の過失相殺とした。

4.意義

 運転そのものが業務であるトラック運転手等の過労運転による事故による運転手の怪我や死亡について会社が安全配慮義務を認める裁判例は存在したが(御船運輸事件・大阪高裁平成15年11月27日判決・労働判例865号13頁、サカイ引越センター事件・大阪地裁平成5年1月28日判決・労働判例627号24頁)、本件のように医師(大学院生)の次の勤務先(宿直・大学病院が紹介する病院)の通勤途上での交通事故について使用者の責任を認めたのは初めてであろう。

 鳥取地裁判決は、業務実態と医局が当直を取りまとめ、系列病院に医師を派遣する役割の重要性等をきちんと踏まえたうえ、安全配慮義務を認めたものである。
 強い意思・確信を持って非常に困難な裁判に挑み、戦い続けた一人であるお父様が判決前に亡くなられてしまったのは非常に悔やまれるが、その意思によって(関西医科大の研修医事件から連綿と繋がる事件であることが裁判例や法理論上からだけでなく人間的な繋がりの面からも言えた。このことは「医者を殺すな」(塚田真紀子氏著・日本評論社・88頁以下)で取り上げられている。)この勝訴判決が生まれた。

 関西医科大研修医事件で研修医の前近代的な奉仕の強制のおかしさがクローズアップされ、万全ではないとはいえ研修医の待遇が改善されたが、「大学院生医師」はその後も放置され、もっと悲惨な状況(学費を払い、学生なので、いくら働いても無給)が続いており、その結果がこの事件に繋がり、そのおかしさを感じた関西医科大の研修医のご遺族にお父様らが会いに行ったのがきっかけであることが上記著書に記載されている。

 今回の判決をきっかけに大学院生医師をはじめ勤務医らの待遇が少しでも改善されることを望む。

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