担当した事件

国立循環器病センター看護師村上優子氏過労死事件(公務災害)

大阪高等裁判所平成20年10月30日判決(確定)

第1 はじめに

国立循環器病センター事件(以下「本事件」という。)の公務災害について、本事件の公務災害の大阪高等裁判所平成20年10月30日判決(確定)を中心にまとめたものである。

第2 主要な争点

1.時間外労働

 論点は多岐にわたるが、大きな争点の一つは時間外労働時間であった。すなわち、国立循環器病センターでは、厚生労働省の直轄でありながら、自ら出した平成13年通達「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する措置に関する基準について」を敢えて無視して、タイムカード等の客観的な手段によって労働時間を管理していなかったため、被災労働者村上優子氏(以下「優子氏」という。)の実際の時間外労働時間をどのように算定すべきかが争点になった。
 原告側は超過勤務命令簿は最低限を画するに過ぎず、同僚の供述・証言、残されたパソコンや携帯メールの送信時刻や内容等を総合して労働時間を算定すべきこと、「看護研究」「プリセプター業務」「クリティカルパス勉強会」といった付随業務の参加及び準備も労働時間と算定すべきことなどを主張し、これに対し、国は、超過勤務命令簿の記載が全てで、「看護研究」等は業務ではないとして労働時間に入らないと主張した。

2.夜勤交代制の負荷

 もう一つの大きな争点は不規則夜勤交代制の過重性(特に「日勤」(定時:8時30分~17時)→「深夜」(定時:0時30分~9時)、準夜(16時30分~深夜1時)→日勤(8時30分~17時)の勤務間隔の短いシフトの過重性)であった。

3.基礎疾病と若年労働者で正常値の血圧(健康診断の際の)の評価

 優子氏は健康診断の際、高血圧ではなく正常値であったうえ、若年労働者(死亡当時25歳)であったため、国はくも膜下出血発症(以下「本件発症」という。)と業務との関連性について否定することに注力し、基礎疾病(A1欠損・なお、原告側は基礎疾病自体ないとして争う。)が本件発症の原因であると主張し、これらの点について医学論争となった。

 この点と関連して、法的な論点として、業務の過重負荷による業務起因性についての最高裁の判決における三要件(ⅰ被災者の従事した業務が、同人の基礎疾病を自然経過を超えて増悪させる要因となり得る負荷(過重負荷)のある業務であったと認められること。ⅱ被災者の基礎疾患が確たる発症の危険因子がなくても、その自然経過により脳・心臓疾患を発症させる直前まで増悪していなかったと認められること。ⅲ被災者には他に確たる発症増悪因子はないこと。)が認められれば、従事した業務による負荷が、基礎疾患をその自然経過を超えて増悪させ脳・心臓疾患を発症させたと認められるとしているところ、本件についてかかる最高裁の枠組みの中で判断すべきかについても争われた。

 国は最高裁第2小法廷平成18年3月3日判決(地公災鹿児島県支部長事件・いわゆるバレーボール事件)のような災害型の労災事件の判断枠組みであると主張し、原告側は長期の過重負荷による過労死事案においても最高裁の枠組みの中で判断すべきと主張した。

4.その他

国立循環器病センター、特に優子氏が従事していた脳神経外科病棟の勤務の質的過重性、優子氏のような3,4年目の中堅看護師に仕事が集中することによる負荷等も争点となっていた。

第3 本判決の内容と意義

1.量的過重性(労働時間)の更なる上積み認定

 国は、控訴審に入ってから、揚げ足取りのようなメールに基づく大阪地裁判決の誤りを幾つか指摘し、推認方法全体を崩そうと試みたことに対して、原告側は、逆に全てのメールを再検討し、大阪地裁判決から更に上積みすべきところの漏れを国の指摘よりはるかにあることを指摘した。
 その結果、本判決は、細かく1日ずつメールなどの記載を検討し、数時間ではあるが、労働時間を大阪地裁判決より多く認定し、発症前1か月間54時間45分、発症前2か月間59時間10分、発症前3か月間64時間45分、発症前4か月間50時間25分、発症前5か月間38時間15分、発症前6か月間54時間15分とし、「相当長時間に及んでいた」と評価した。
 なお、トヨタ事件のQCサークルに該当すると言える「看護研究」「クリティカルパス勉強会」等の通常業務以外の付随業務についても、本判決は大阪地裁判決と同様にその業務性を肯定し、優子氏がこれらに要した時間を労働時間と評価している。

2.質的過重性について
 先端医療や技術や教育を担う国立循環器病センター、とりわけ9階東病棟(脳神経外科)の身体負荷の高い重労働、生命に関わり緊急を要する業務、精神的緊張のある業務を認め、「身体的負担及び精神的緊張の程度も相応に大きなものであることが推認」できるとした。
 本判決では、大阪地裁判決では認めなかった、中堅看護師(優子氏)の負担が重くなっていた状況を認めた。すなわち、「看護師の定着率は悪く、平成12年6月当時は、経験年数が5,6年の中堅看護師が殆どいなくなり、・・・(被災者を含めた)3,4年目の看護師の負担は一層重くなる状況」で、「中堅看護師として、後進の指導等についても重要な役割を担う立場にあった」とし、新人看護師の指導が得に困難な事情も認め、その精神的負荷も認めた。

3.夜勤交代制勤務の過重性をはっきり認めた
(1)勤務間隔の短いシフトの負荷を再度認めた

 大阪地裁判決と同様、日勤→深夜、準夜→日勤などの勤務間隔の短いシフトの過重性を認めた。すなわち、本判決は、これらの勤務シフトの場合、確保できる睡眠時間は3ないし4時間程度」で、「疲労回復のための十分な量の睡眠を取ることはできなかった」とし、それに「恒常的な残業、夜勤等の条件が重なって疲労が回復することなく蓄積していた」と判断した。

(2)睡眠の質の悪化を正面から認めた

 本判決は、「夜間睡眠は、睡眠時間さえ確保できれば、8時間といった長時間の睡眠を持続することができるのに対して、昼間睡眠は2,3時間しか持続しない上、心拍数、血圧の上昇をもたらす質の悪い睡眠であること、勤務間隔の短いシフトが頻回に組まれる場合は、昼間睡眠によって、睡眠不足分がむしろ拡大する」として、日航客室乗務員事件(東京高裁判決で被災者側勝訴確定)と同様、睡眠の質の悪化を正面から明確に認めた。国がかかる勤務シフト後に休みがあるから疲労が回復するとの主張に対して、本判決は、上記のとおり、睡眠学等の研究者である佐々木司氏(労働科学研究所)の意見書や交代制勤務の古典論文(「交代制と睡眠負債」小木和孝氏の論文・1976年)の知見に基づいて、国の主張を排斥した。

(3)行政基準の内容にも踏み込んだ内容

 本判決は、更に、踏み込んで「80時間ないし100時間の超過勤務時間の例示において、長時間労働以外の夜間勤務や不規則労働、あるいは精神的緊張を要する労働か否か、当該労働者が実際に確保できた睡眠の質などの問題は考慮されていないというべき」として、「時間外労働時間のみに基づくのは相当ではなく」時間外労働時間の量に併せて「質的な面を加味し、総合して行うことが必要」とする。
 この点は行政基準の誤りを指摘しているとも読める内容となっている。
負荷要因を総合的に評価する判断であり極めて妥当なものである。

4.正常値より低い血圧(高血圧になったことすらない・若年労働者)の問題

 受任時から、この問題をいかに乗り越えるかが課題であった。
 この点について、本判決は、新宮医師意見書をはじめ、原告側が立証した医学的知見に基づき、正常な動脈壁と動脈瘤壁とでは、血行力学的負荷に対する耐容度が全く異なり、「正常な動脈壁に対しては過重な負荷とならない程度の負荷でも、動脈瘤壁に対しては十分に傷害性に作用する可能性」を前提に、長時間労働が通常の労働に比べて24時間の平均測定では有意に血圧を上昇させるが検診などの一過性の測定では有意さが出ないとの知見に基づいて、健康診断時の血圧値がほぼ正常範囲ということがストレスのための疲労の蓄積を否定する根拠にならないとした。

5.最高裁の三要件説にたっていることを窺わせる判示(過重性の判断に尽きることを意味する)

 本判決は、基礎疾患が、確たる発症の危険因子がなくとも、その自然経過により、脳・心臓疾患を発症させる寸前まで進行していたとは認められない場合に、中略・・過重負荷のある業務であったと認められ、かつ、・・・公務の他に確たる発症の危険因子がないことが明らかになれば、本件発症と公務との相当因果関係が肯定されるというべきである」として、上記最高裁を意識させる文言となっており、上記最高裁の枠組みでこのような過労死事案を判断すべきとしたと評して間違いなかろう。
 つまり、基礎疾病があっても、発症寸前に至っていない限り、基礎疾病は考慮すべきではなく、業務上外(公務上外)の判断は、業務(公務)の「過重性の有無」に尽きることとなる。これは本事件に限らず、過労死事件の原告側がかねてから主張し続けていた内容そのものである。

6.A1欠損(先天的な欠損もしくは形成不全)の認定するものの最高裁の判断枠組みに基づいて国の主張を排斥

 本判決は、国が主張立証してきたA1欠損を認定しそれによって相当以前に脳動脈瘤が発生し長期にわたって脳動脈瘤成長してきたと認定した。
 しかし、本判決は年齢が25歳であること、症状を窺わせる状況がなかったこと、健康診断で特段の異常がなかったこと、本件発症まで支障なく勤務していたことなどから、被災者の「脳動脈瘤は、本件発症直前において、確たる発症の危険因子がなくとも、その自然的経過によりくも膜下出血を発症する寸前まで進行していたとは認めがたい」と判断し、基礎疾病が公務上を否定する理由にはならないこと述べている。

7.過重性の判断は被災労働者(本件では優子氏)の具体的な勤務実態を基準とすべき

 過労死事件においては、他の同僚も過重労働となっていたり、場合によっては他の同僚の方が過重ということもあり得るが、国は「他の同僚」と比較して過重でない(同じである)として、過重性を否定しようとする主張がよくなされ、本事件でも国はかかる主張を試みていた。
 この点について、本判決は、「業務の過重性の判断は、当該労働者の具体的な勤務実態を検討した上で、総合的な観点から行うべきもので、通常の業務の過重性や他の看護師の訟務の過重性(他の看護師の業務自体も過重である場合が考えられる。)を具体的に検討することなく、その過重性を否定することは相当でない」として、あくまで同僚の比較ではなく、当該労働者の業務が過重かどうかで判断することを明言した。

8.本判決の意義

 本判決は、概ね原告側の主張立証に沿った形で認定判断している。夜勤交代制勤務の過重性、特に睡眠の質にまではっきり言及しその悪化を認めたこと、時間外労働時間だけで判断することは妥当でないこと、時間外労働時間と夜勤交代制や精神的緊張を伴う業務といった質的過重性とを総合的に評価しなければならないことを明言しており、説得的な判決となっている。
 国側が仕掛けてくる基礎疾病を強調する医学論争が、最高裁の判断枠組みの中では、不毛で、発症寸前に至っていないのであれば、実質的な争点は「過重性の有無」に尽きることを述べた判決として理解すべきであろう。

9.勝因

 優子氏のご家族の確信と長年にわたる奮闘(全国に支援を求めるとともに、聴取可能な元同僚の聴取に当職らと一緒に聴取し、特に優子氏と同じ看護師であるお母様が元同僚聴取の場や弁護団会議で素人の弁護団に適切な示唆をし続けてくれたこと)、看護業務の過重性を生々しく語る元同僚の供述・証言を基本に事実を積み上げることができたこと、それを土台に不規則夜勤交代制の負荷、睡眠の質、本件発症に至る医学的意見・知見とを総合できたこと、さまざまな専門家の協力が得られたこと、伊勢総合病院事件弁護団(看護師の公務災害)、日航客室乗務員の弁護団、大日本印刷システム事件弁護団などの知恵・情報・アドバイスが得られたこと等にある。

さいごに
 優子さんの御家族の優子氏に対する思い、二度と優子氏のような犠牲者を出してはいけないという静かではあるが強い意思が、弁護団を動かし、全医労の組合員の方々(本事件の内容を知って弁護団会議に初めて参加してくれた全医労の専従組合員が共感してくれ、涙まで流してくれた。)の心を動かし、医療系の労働組合その他さまざまな労働組合・団体・個人に支援の輪が広がり、最後には裁判所を、そして、厚生労働省(国)までも動かすことになった。
 本事件では、長く苦しい闘いが続いたが、優子氏の御家族、支援の方々は最初から最後まで変わらず、がんばり続け、むしろ負けるたびにその活動はパワーアップしていったと思う。特に御家族は、負け続けても愚痴一ついわず、冷静に弁護団の活動を見守り支援してくれていただけに、弁護団の一員である当職としても是が非でも勝たなければならないプレッシャーが日に日に増すばかりであった。それだけに、最後の最後で大阪高等裁判所で最も素晴らしい判決で終わることができて本当に良かったと思う。
 また、国立循環器病センターには労働組合がないが、組合員ではなくても、同じ労働者が犠牲となったことに憤り、そして、本事件が全看護労働者の共通の問題であるという認識のもと、労働組合が「万人は一人のために」「一人は万人のために」という、理想を本事件の支援を通じで実践して世に示したことは、非常に意義深いと思う。
 弁護団は松丸弁護士、岩城弁護士、原野弁護士、有村弁護士と当職。

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